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事前報告なしにサシで飲むあたりから浮気

異性とプライベートに1対1で会うなら、事前報告必須。
メールは、ガラス張り状態なら...かなあ。
どっちもダメとは言わない。
ただほら、気持ちの問題だから。

あ、でも、これはパーティーとかで初めて出会って速攻お持ち帰られなんかには対応出来ないか(苦笑)
それに、こっち側がきちんと事前報告してても先方がしてなくて、煙も立ってないのに大騒ぎ.....なんてケースも考えられなくはないなあ。何しろ、浮気って一人でするものではないからねえ。

ああそうそう、ネット見てるとたまに不思議ならぶらぶ夫婦とか見かけますよ(所謂「貸し出し」とか、パートナー公認のあれやこれやですね)。
面白いので読みこんでみると、男性側で信頼関係がきちんと出来ているのが前提みたいです。女性同士が知り合いというケースはほぼ皆無。これは多分男の人の方が能動的な分実は繊細、というところに由来しているんでしょうけれども。

ブログネタ: 「これは浮気だ」と思うラインはどこ?参加数

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好きな人に好きって言ってもらえなきゃしょうがない

と言って泣いたのは「ちびまる子ちゃん」のお姉ちゃんだったっけか。

愛したい派なんじゃないかな。
そもそも好かれたり褒められたりが落ち着かない。
ちゃんと納得の行く褒められ方をしないまま育ってしまったのかもなぁ、と思うこともありますが、そもそも好きでもない人に好かれたってちっとも楽しくないんです。
好きな人は振り向いてくれなくて、どうでもいい人に慕い寄られる人生でしたっけねえ。

愛したいとは言っても、結構、報われてないと思うのよ。
例外はダンナとジェニー様くらいだと思います(笑)

話しても話しても自分のことを判ってくれようとしないのにブチキレて死刑にした後で「やっぱり何も聞いてくれない、判ってくれない」て相手の首を手に嘆いてるユダヤの王女・サロメの悲しみは、本を初めて手に取ってから30年近く経った今でも他人事じゃありません。
愛したい派の行く道は茨の道です。
..それでもやっぱり私はそっちに進んでしまうと思うよ。

追記:
でもね。
私は、幸せというのは「愛されていること、自分の場所があること」だとも思ってます。
えーと、相思相愛なら矛盾は出ません(笑)

コネタマ参加中: あなたは愛したい派?愛されたい派?

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空の彼方に浮かぶは雲

という歌詞で始まる戸川純の楽曲「諦念プシガンガ」がずっと好きでした。
よく歌ってましたね。
声質も彼女に近いんで。
初めて聴いたのは「サウンドストリート」だったと思う。多分火曜日(坂本教授がDJの日)

(画面は「アイドルマスター」なぶんは引き算してください。YouTube探したんだけどこんなんしか出て来なかったよとほほほ)

ただ、どういう意味か微妙に量りかねてました。
.....ふと最近、あの曲のことを思い出して「ああそうか」て思ったので書いておきます(笑

牛の様に豚の様に殺してもいい
って言ったのは、「愛」の逆の意味は「憎悪」や「恨み」じゃなくて「無関心」だからだ。
ユーミンの「わたしを許さないで 憎んでも覚えてて(だったっけ?曲名は忘れました)」や、YOSHIKIが書いた「立ち去る前に殺して(Silent Jealousy)」と同じことだったと気が付きました。
だから、2番の歌詞が
あの泥流の恩讐が もはやただ跡形もなしや<うろ覚えで書いてます
で(つまりもう何とも思われてない=関心を持たれてないことがわかった)、がっくりしたあまり自分が抱えて来た想いが立ち腐れてしまうのねえ。

だから、例えば振られたとして、相手をぐずぐず恨んだり憎んだりしてる間は裏にまだ愛おしく思う気持ちが残ってる訳で、その恋を結局乗り越えてないんだわ。本当に何とも思ってなければ思い出すことすら忘れ、忘れたことすら忘れてしまう。

例えば自分のことで思い出してみると:中学生の頃からずっと片思いしてた子が居たんですが、そいつが大学卒業早々あっさりと結婚を決めたところで「キミのことは今でも大好きだけど、Kちゃん(パートナー)と間接キッスしてもいいくらい好きかって言うとそれは違うわ」て思ったらすーっと関心が冷め、フツーのオトモダチになってしまいましたとさ。思えばもうずいぶん連絡も取ってないっすよ。
人生まぁそんなもんです。ははは。

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そう言えば嫌いだった

昨日みなとみらいに自転車で向かう途中、いまどき流行りのタイプの結婚式場(小綺麗なチャペルと披露宴用のゲストハウスみたいなのが一緒になってるところ)の横を通ったんですよ。
ちょうどそういうタイミングだったみたいで、鐘がりんごーんと鳴り、生オケでぱぱぱぱーん、とあの結婚行進曲ですか、よくきくあの曲が。
うっわー。
何度聴いてもこの曲(ともう1つの結婚絡みの曲)は背中カユくなっちゃってダメだわ。

結婚式の独特な雰囲気が大嫌いでした。
あのうんざりする曲をバックに立つと思っただけで虫酸が走るという妙な奴でしたから、自分の式もホントーは挙げたくなかったんですよね。
ただまあダンナも割とそういう大仰なことは苦手な人で、結婚式は自分でそれっぽい別の曲をチョイス、全部持ち込み曲で押し切るという方法で難問を一つ解決してくれまして。他にも会場の花は私の母校がやってるフローリストを引っ張り込み、蘭の花を徹底的に駆逐(周囲の猛反対を押し切って開きやすいチューリップを代わりに突っ込みました)したり、招待状を自分たちで考えて知人の印刷屋に頼むとか、レディメイドな部分をできるだけ減らしたことを覚えています。ああ、引き出物も菓子屋を説得してまだその頃はそういう席用にはメジャーじゃなかった種類のを使ったんだっけ。
だってそうでもしないとやりたいようにやられて後悔だけが残りそうだったんだもん。
表向きは私の両親も納得する場所を式場に選んだんですけどね。

というのに。
当日、披露宴中、「新郎・新婦のお二方にも是非召し上がっていただきたいです」て言ってたので安心してオードブルつまんでたら、最後の1枚のスモークサーモンを口に入れた瞬間にぱかっとスポットライトが。
「それでは新婦はこれよりお色直しで(ちなみに司会は舞台俳優やってる従弟)」

人生でいちばんはずかしかった瞬間でした。
穴があったら入りたくても、パニエがつっかえて入らないのよ。靴のヒールは12cmもあったし。


追記:
しぶしぶ(とは見えなかったとは思うけど)式は挙げたワケですが、ふたりで共謀して結納というか婚約式はすっとばしました。両方の両親と一緒に食事、という時にあっさり婚約指輪をもらってしまって「もういいわよね」状態に。
あとで母に叱られましたが後悔はしてません。てか、ざまーみろ&私と同じボイントで背中がカユくなる人でよかったと思いました。慣例に則りたがる人だったら悲惨だわ。色々なしきたりが嫌で破談、とかやりかねなかったかもだもん、昔のデストロイな私は。

追記その2:
結婚そのものもどうだかねと思ってた節があったかも。
じゃなんで、と聞かれたら「一緒に寝て起きて同じものを食べて、一緒に喜んだり悲しんだりしたかった」。一緒にならないとそういう当たり前のことが当たり前にならないから。挙式当日の私は終始にこにこしてたらしいですが、それは「苦節10年(その3/4くらいの年数はずっと交際を反対されてました)、遂に押し切ったわ」て勝利の微笑みでもあったのかもしれない。

まぁ親の方はすごーくいい見合い話(父方の祖父母の知人の息子さん...)を写真すら見ずに振り切ったところで諦めがついたらしいです(苦笑)

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義理

バレンタインデーが近づくと思い出す人がいます。

Hくん、という、小学校高学年の頃に好きだった男の子。同じ塾に通っていたけれどもいつも彼の方が頭がいいクラスに行ってしまい、遂に学校でも塾でも同じクラスになることはなかった。えーっと、ルックスは、堂本光一から間延びした感じを引いてきりっとさせた感じ。美少年でした(すいませんすいません昔から面食いで)。
1浪してK大に行き、某外資系IT企業に勤めていると聞いています。

中学に入ってから大学2年の春までくらいかな、断続的にですが、何度かバレンタインデーにHくんのところにチョコレートを持って行きました。そのままおうちに上がらせていただいて一緒にお茶を飲んだこともあります。まぁ当時の私は猫かぶりがたいへん上手だったので(笑)彼のお母さんには気に入られていたみたいですねえ。今でもウチの母に会うと「みかげちゃんは惜しいことをしたわ」と言ってるそうですから。
でもね。
実は、お茶とお菓子をいただいて話をしながら思ったことがあるのよ。
あかん。
この人はかっこよすぎる。
どうしても構えてしまって素のままの自分を出せない。これは恋じゃなくて自主的な見合いだ。それも平行線状態の。
こういう一緒に居て落ち着かない人に自分の全てを委ねるという真似は私にはきっと出来ない。

ということを考えたからではありませんが、大学受験で通うようになった研究所でさくっと浪人生の彼氏をゲットしてしまいました。でね、あれは確か期末試験の時だったかなあ、学校が終わった後に待ち合わせてちょっと彼に会って、最寄り駅のバス停まで送ってもらったことがあって。
彼と一緒に並んでバスを待ってたら後ろからHくんがやってきた。
...........(内心凍り付く私)。
結局、お互い知らんぷりしちゃったんですよ。バスに乗って別れるときに彼とちゅーしてたのも多分見られたと思うんだけど。
Hくんには「女ってわからん」て思われたに違いない。
だってそのあと、確か2回くらい、バレンタインデーにチョコ持ってってますからね、Hくんのところに。ナニやってるんでしょう私は(タメイキ)

でまあ私が最終的に選んだのはHくんでも浪人生の彼氏でもない人でした。

「惜しいことをしたわ」というのは多分実家の母も同じみたいです。件の彼氏との交際はかなりキツく反対されたのですが(でとうとう音を上げた)、その理由の何分の一かくらいはあたまの端にHくんのことがあったからではないかなという気が、今となってはします。幼なじみと結婚っていうのは私の中ではあり得ないんですけどねえ(ちなみに実家の両親はそういう間柄でした。親同士が元から知り合いだと嫁姑問題とかもあんまりなくて楽よ〜、おすすめよ〜、とか思ってたのかなあ、母は)。
中学に行く前は本気で好きだったんだけど、いつの間にかHくんへの気持ちは年中行事になっちゃったのかもしれない。
自分でも未だによくわからないです。...

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